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2009.05.29 (Fri)

JOHN LENNON 「ジョンの魂」

また1カ月たってしまった。やれやれ。じつは5月の連休に、さいたま市にあるジョン・レノン・ミューゼアムに初めて行った。そのあとビートルズのことや、ジョン・レノンのことを、つらつら考えていた。ジョン・レノン・ミューゼアムというのが、あるのは知っていたけれど、行きたいと思ったことはなかったし、今回だって奥さんに誘われなければ一人で行こうとは思わなかったし、たぶんいちども行かなかったと思う。


中学のときはビートルズばかり聴いていて、中でもジョン・レノンがいちばん好きだったし、解散後もジョン・レノンのアルバムだけは買いつづけていた。好きな作家の育った地を訪ねたいという気はわかるし、ぼくもそういうことをしたことはあるが、イギリスに行っても、リバプールに足を伸ばしてみようと考えたことはなかった。


どうして、そうなのか、自分でもよくわからない。たぶん、ビートルズについては、あまりにも多くの言説が氾濫していて、なにをいおうと、なにを感じようと、それらの中にからめとられそうな気がするからかもしれない。とりわけ、半ば神話化したジョン・レノンの生涯については、共感しようが、批判しようが、大きな神話体系の中から出られないという圧倒的な吸引力を感じてしまう。そこから逃れるために、トリビアのような細かいエピソードを探してビートルズという巨大建造物の地下を掘りすすむ気にもなれない。そうなると、ビートルズやジョン・レノンを語るには、自分を語らなくてはならなくなる。そんなおびただしい自分語りが、世界にはあふれかえっている。とはいえ、音楽について語るとは、結局、自分を語ることなのだけれど。

museum


でも、ジョン・レノン・ミューゼアムは行ってよかった。ジョン・レノンの思い出をたどるというより、そこに託されたオノ・ヨーコの思いに、しみじみとさせられるようなつくりだった。外にあるコーヒーが100円で飲めるしゃれたラウンジもよかった。


いまはビートルズについて無数の本や文章が手にはいるけれど、ぼくがビートルズを熱心に聴いていた1970年代の初め頃は、そうではなかった。中学生であった自分が手に入れることができたのはレコードについていたライナーノーツのほかは、レコード屋に置いてあった東芝が出した無料の小冊子だけだった。探してみたら、本箱の奥から出てきた。「THE BEATLES FOREVER」という60ページほどの冊子で、1972年に出たものだった。先日、中学時代の同級生と話をしたら、みんな持っていた。

RIMG0002.jpg


このうすい冊子には、ビートルズの全ディスコグラフィーと、当時出ていたソロアルバムのリストと解説が載っていた。文章を寄せていたのも横尾忠則、一柳慧、加藤和彦、星加ルミ子、松山猛など、いま思えばなかなかの人たちばかりで、とくに横尾忠則のイラスト入りの手書きの文章は、過剰なまでのビートルズへの帰依を臆面もなく、赤裸々につづったもので、当時の自分にはかなりショックだった。

RIMG0001.jpg


「ビートルズが右へ行ったら、ぼくも右、左へ行ったらぼくも左です... ... ビートルズはぼくの神です。... ... ぼくはビートルズのエーテル体です。ぼくの秘密はビートルズです」と横尾忠則は書いていた。ああ、こんなことまで文章でいってしまってもいいんだ。滝に身を投じるようにビートルズと自分を一体化させている、その文章は、いま読んでもビートルズによる自分語りのきわみだと思う。逆にこれを読んでしまったがために、自分はこれほどの愛情を口にすることはできないと思ってしまい、ビートルズについて言葉をもつことをためらうようになったのかもしれない。


ぼくにとってビートルズは古くて、謎や神秘に満ちた巨大なお屋敷のようだった。正門から入ると、そこには「ヘイ・ジュード」とか「抱きしめたい」といった、だれでも知っている、わかりやすい世界があるのだけれど、中には無数の部屋や庭や迷路や離れがあって、そっちのほうには「アイ・アム・ザ・ウォルラス」とか「ワイルド・ハニー・パイ」とかがあり、さらに奥の方に入っていくと「レボリューション 9」などの迷宮がある。映画「イエロー・サブマリン」で見たメンバーの部屋みたいに、中に分け入るほどに別世界が広がっていく。それは中学生にとっては、リアルな全世界よりも広く感じられた。


さらに庭の奥の森の中には、当時のお小遣いではとても買う勇気のもてない「ジョンとヨーコ/未完成作品 第2番」とか、ジョージ・ハリスン「電子音楽の世界」といった想像もつかない世界が広がっている。そんな奥地に踏み込むのは、とても勇気のいることだったが、初めて、その世界をかいまみせてくれたのが「ジョンの魂」というアルバムだった。

ジョンの魂 ~ミレニアム・エディション~
ジョン・レノン
EMIミュージック・ジャパン (2000-10-09)
売り上げランキング: 28016



鈍感な中学生の自分にも、この作品が、いまにも切れてしまいそうなほどぴんと張りつめた糸からなっていることは感じられた。音楽を聴いて痛々しさを感じるということがあるのだとおどろいた。もちろん、商品である以上、そこには計算された世界観なりコンセプトがあるのだろうが、それでも痛いときには痛いと声に出していいのだ、ということを、このジョン・レノンの作品ほどストレートに教えてくれたものはない。そのころは歌というのは強がったり、怒ったりするものだと、夢見たりするものだと思っていた。でも、痛い、つらい、さびしいと叫んでもいいし、それでもなおかつ、しみったれていないというのは衝撃だった。


ぼくはジョン・レノンの平和運動には興味がないし、ロックンロールもそんなに好きではない。年末にやっているジョン・レノン・スーパーライブというイベントも見たいと思ったこともないけれど、でも、つらいときや、痛いとき、ふいに口をついて出てくるのは、このアルバムに入っている「アイソレイション」という曲だったりする。ただ、同じくジョン・レノンのつくった痛々しいビートルズ・ナンバーである「ヘルプ」が、イトーヨーカ堂の食品売り場の定番BGMになっているのは、なんとかしてほしいよなあ。

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