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2008.12.13 (Sat)

Chick Corea & Hiromi 「Duet」

Perfume、capsuleと今年出た作品がつづいているが、今回も2008年発売のもの。上原ひろみとチック・コリアの「デュエット」である。

デュエット(初回限定盤)(DVD付)


デュエットといっても、このジャケットの二人が「銀座の恋の物語」みたいに歌っているわけではない。この二人はジャズ・ピアニストであり、ピアノで即興のデュエットを演奏しているのである、と書きながら思うのだが、これを読んでいる人の中にはジャズなんてまったく聞かないという人もいるかもしれないし、逆にいまさら上原ひろみだなんてという人もいるかもしれないので、どういうスタンスで書けばいいのか少し悩むところもあるのだが、とりあえず初めて名前を聞いた人でも、なんとなくついてこられるくらいの距離感を保とうとは思っています。というのも、ジャズについて使われるエクリチュールというのは、最近はそうでもないのだが、かつては本当に排他的だったからだ。

たとえば、こんなの。
「フリー・ジャズの問題は、フリー・ジャズがジャズという音楽的階級性とジャンル的限定性の中でとことんまで地獄を味わうことにこそ有効性があり、そこにジャズをアウフヘーベンする可能性があるはずだからなのだ(以下略)」

あるいはこんなのとか。
「ソロは二重の意味で本来的に危機的な形態である。それは状況論的なレヴェルと存在論的なレヴェルにおいて言えるだろう。状況論的にいうならばソロの出現は失われつつあるか、不明確になった演奏を支える共同性と文化へのまさぐりとして考えられる(以下略)」

これはいまは亡きジャズ評論家、間章氏の文章の一節で1970年代に書かれたもの。間章氏は一部の人たちの間ではカリスマ的な評論家とされていて、その文章は難解なうえマルクスからスーザン・ソンタグからミシェル・フーコーまでばりばり引用されている。でも、これがわからないとジャズがわからないのかと思って、ぼくもアルバート・アイラーとか、セシル・テイラーとか、いま聞くとかなりしんどいフリー・ジャズを聞きながら、彼の文章を読んだものだけど、じつをいうとちんぷんかんぷんだった。ただ、ちんぷんかんぷんだといえないので、人には、「やっぱり間章を読まなきゃジャズはわからないよ」とかうそぶいていた。でも、いまだからいうけど、さっぱりわかりませんでした。

もちろん当時のジャズ評論がみなこんな難解さにあふれていたわけではないが、どうしてもかつて、ジャズを聞くという行為には追いつめられた暗い影のようなイメージがつきまとっていた。実際、ジャズ・ミュージシャンといえばロック・ミュージシャン以上に生活が荒れていて、ドラッグ中毒で命を失うはめになった有名演奏家はいくらでもいる。逆に、健全な市民生活を送っていたり、酒もタバコもドラッグもやらないミュージシャンの演奏なんてだめだ、という見方もあったように思う。もっとも、これも当時の時代環境からすると、あながちまちがいではなかったとも思う。既成のシステムや考え方への反撥というのは、ロック同様ジャズを進化させる大きなファクターだったし、そこで多くのミュージシャンがしのぎを削っていたのはたしかだ。

それにくらべると、いまのジャズは健全になった。それも当然で、新しい音楽をつくるためのブレイクスルーの方向性が、80年代以降、相当変わってしまったからだ。もはや、酒やタバコやドラッグをやらなくても、生活を破綻させなくても、音楽に向き合うことが可能になった。でも、それ以前のジャズ好きは、どこかでやはり最近の健全なジャズに違和感を抱いている。だから、上原ひろみがしょっちゅうテレビに出て、あの夏の太陽のような笑顔で、まるでマラソンの高橋尚子のように前向きな発言をくりかえしていると、どこか納得できないものを感じるのだろう。その魔術的までの流麗なテクニックは認めても、「これはジャズではない」といわずにはいられないのだろう。その気持ちはわからなくもない。実際、最初に彼女のReturn Of Kung-Fu World Championを聞いたときはプログレだと思った。XYZという曲なんてキース・エマーソンが書きそうな雰囲気である。

上原ひろみは明るい。上原ひろみというだけで大きな口を開けて笑う彼女の、真夏の太陽のような顔が浮かんでくる。でも、それはぼくが彼女の演奏を映像をとおして知ったからだろう。もし、映像を介さずに、その演奏だけを聞きつづけていたならば、たぶんかなりちがった印象を受けていたかもしれない。たしかに上原ひろみの弾くピアノはパワーにあふれているし、元気だし、ぐいぐいとひっぱっていくようなドライブ感にあふれているし、テクニックはスーパーとしかいいようがない。ただ、そこには映像をとおして見たときには忘れてしまいがちな暗さというか、不条理性というか、ひねくれた狂気がたしかに伝わってくる。しかも、その暗い狂気は相当に深い。それは昔のミュージシャンのような社会や哲学にからんだものではなく、もっと音楽的にピュアな狂気とでもいうのだろうか。けれども、映像を通してみると、彼女のめっぽう元気のいいパフォーマンスや、インタビューに答えるときの気恥ずかしくなってしまうほど前向きな受け答えのせいか、そうした影があまり感じられなくなってしまう。

それはさておき、Duetである。これはチック・コリアと上原ひろみが二台のピアノでほとんど打ち合わせなしにデュエットした作品で、CDに加えて2曲分のライブ映像を修めたDVDがついている。DVDにはチックの代表作の一つである「スペイン」が収められているが、同じものがCDにも入っている。で、CDで聞くのとDVDを見ながら聞くのとでは、かなり印象がちがってしまう。むろん映像付きの方が圧倒的に楽しい。これは当然なのかもしれないが、逆にいうと彼女の視覚的な演奏シーンが圧倒的すぎて、耳から入った音楽からの想像力による刺激がそれに及ばないというのは聞いていて、少し残念でもある。それはぼくがライブとかコンサートというのに、あまり興味がなく、もっぱら音をとおして想像力を刺激されるほうが好きなせいもあるのだけれど、上原ひろみの場合、やっぱり演奏しているところが見たくなるのだ。でも、そうすると音楽を聞いているというより演奏を音といっしょに「見ている」ようなかんじで、なんとなく悩ましい。そんな悩ましさをおぼえつつも、上原ひろみが好きなので、やっぱり映像を集めては見まくってしまうのである。

「スペイン」のデュエット演奏はいくつかバージョンがある。下のはDVDのではなく、テレビ出演したときのバージョン。そのかけ合いはほとんどエロチックといっていいほどになまめかしい。チック・コリアがスペースをつくったところに上原ひろみが自在に音をちりばめていったり、視線をからめあいつつ、互いに出方をうかがいつつ、新しいフレーズやリズムを刻みだしていったりするところなど、おい、そんなことしていいのか、セクハラではないかと思わせるほどにいやらしく、すてきだ。これは耳で聞いているだけではわからない。





ちなみに、あるインタビューで、彼女が影響を受けた音楽として挙げていたのが
グレン・グールドのゴールドベルク変奏曲(晩年のやつ)
エロール・ガーナー「CONCERT BY THE SEA」
スクエアプッシャー「Hard Normal Daddy」
フランク・ザッパ「Waka/Jawaka」
ジェフ・ベック「Wired」
スティーブ・ライヒ「Six Marimbas」
Oval 「Ovalprocess」
Four Tet「Rounds」
などだ。

いわゆるジャズの名盤が、彼女が初めて聞いたジャズであるエロール・ガーナーしかないというのが面白い。もちろんあえて挙げなかっただけだろうけれど、それ以外のセレクションもバラエティに富んでいる。ジェフ・ベックやザッパ、スクエアプッシャーはなんとなくわかるが、ミニマル系のオーバルやスティーブ・ライヒが好きとは意外だった。まあ、聞いている音楽がなにかなんて自分のやっている音楽とはダイレクトに結びつくものではないのだが、ちょっと面白い。Four Tetというのは知らなかったが、オーバルに近いミニマム・テクノのようだ。

動画サイトから好きな演奏をいくつか。最初はXYZ。緊張感にあふれていて手弾きのスクエアプッシャーという感もなくもない。髪の毛、爆発してます。左手のピアノのフレーズ、EL&Pのタルカスっぽい。





これは彼女が好きだというブルース・リーやジャッキー・チェンへのオマージュとして書かれたというReturn Of Kung-Fu World Champion。後半ののびやかなシンセソロがいい。






これは春にNHKに出演したときに弾いた「さくら」をテーマにした即興ソロ。こういうリリカルな演奏もとてもいい。



それでも少しだけ気になるのだ。もし間章氏が生きていて、彼女の演奏を聴いたとしたら果たしてなんていっただろうかと。
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テーマ : おすすめ音楽♪ ジャンル : 音楽

02:32  |  jazz  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑
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