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2008.12.30 (Tue)

Popol Vuh「Hosianna Mantra」

この前本屋にいったら、capsuleの中田ヤスタカが表紙を飾っている雑誌が目に入った。『MARQUEE』という雑誌だった。MARQUEE? それは記憶にある雑誌だった。1980年代前半だから、いまから25年(!!!)ほど前、ぼくはこの雑誌の熱心な愛読者だった。しかし、当時のMARQUEE(その前身は『MARQUEE MOON』)は、こんなメジャーな音楽を扱うものではなかった。それはユーロピアン・プログレをメインとしたマニアックな超マイナーな音楽専門誌だった。

ほんとうに、あの『マーキー』なのか? 調べてみると、いろいろ中断はあり、中身もすっかり様変わりしたが、たしかにあの『マーキー』の末裔らしいことがわかった。B5版月刊誌だった『マーキー・ムーン』がA4版の不定期刊の『マーキー』になり、いつしか見なくなってしまったのだが、こんな形で復活していたとは。超マイナーな世界を扱っていた雑誌なのに、ずいぶん変わったものだ。きっと、いろいろあったのだろう。

あの頃、先鋭的なロック音楽雑誌の筆頭は渋谷陽一編集の『ロッキング・オン』だったが、ロッキング・オンが光を当てないマイナー・プログレを扱う雑誌として知られていたのが北村昌士編集の『フールズ・メイト』だった。その『フールズ・メイト』よりも、さらに耽美的で、独自の世界を追求していたのが山崎尚洋編集の『マーキー・ムーン』(のちの『マーキー』)だった。『フールズ・メイト』と『マーキー・ムーン』は両方とも買っていたが、好きだったのは『マーキー・ムーン』だった。

左が「マーキー・ムーン」、右が「フールズ・メイト」
左が「マーキー・ムーン」(1983)、右が「フールズ・メイト」(1980)

『マーキー・ムーン』は不思議な雑誌だった。初めはマイナーなヨーロピアン・プログレを扱っていたのだが、編集長の趣向もあって、メシアンのような現代音楽、ヨーロピアン・トラッドの世界、さらに晩年のシューマンなど、じつに幅広い範囲の音楽を取り上げるようになった。記事にはオカルティズムをめぐる難解な評論があったり、現代音楽家の松平頼暁さんの連載があったり、ルネサンスの音楽家ギョーム・デュファイについての論考やら、ガムラン音楽講義などがあったり、おまけとしてソノシートまでついていたりして、とにかくカバー範囲が広かった。「香りの音楽」と題して、イーノのアンビエントとはまたちがう美意識に貫かれたコンセプトを提示していたりもした。

ぼくはこの雑誌で、ユーロピアン・プログレのみならず中世のポリフォニー音楽や、スーフィーの音楽や、さらに西洋文化の背景に流れる隠秘学の伝統など、じつに多くを学んだ。教会音楽からロック、現代音楽をつらぬく有機的なつながりのようなものを意識するようになったのも、この雑誌のおかげだった。そして、この雑誌のレビューで紹介されているレコード(それは大きなレコード店ではまず置いていなかった)を求めて、明大前のモダーン・ミュージックとか、恵比寿のパテ・レコードなどに足繁く通った。ときに、中古なのに1枚8000円もする「幻の名盤」というのを、さんざん迷ったあげく買っては、自己満足にひたったり、逆に、ありゃこんなもんか、やられたーとほぞをかんだりする、というのをくりかえした。

それでも「マーキー・ムーン」編集長の山崎尚洋さんのレビューは、ぼくにとってもっとも信頼のおけるものだった。それは繊細な美意識と熱い思いにあふれた、知的でありながら昂揚感をさそう文章だった。たとえば、彼がとくに推していたドイツの「ポポル・ヴフ」(Popol Vuh)というグループの「Hosianna Mantra」という作品についてのレビューは、こんなかんじだ。

「……アカデミズムやヒエラルヒーに一切とらわれることのない教会音楽があるとすれば、それがポポル・ヴフの音楽であるといえる。あらゆる現実とのしがらみから手を切り、精神の深みからわき出る情感を音に表現するメソードは、真に自由であり、歴史、現実、カテゴリーといったものから解き放たれた神秘の世界でもある……」(MARQUEE MOON 013より)

Hosianna Mantra
Popol Vuh「Hosianna Mantra」

かっこいい! これですっかりやられて、ぼくもポポル・ヴフのレコードを探し求めた。それはレビューにたがわず、まさに当時の自分が求めていた音楽だった。マヤの聖典の名を冠したこのグループはロックというには程遠い、いまでいうアンビエントやミニマルにちかい音楽をつくっていた人たちなのだが、そのころはそうしたカテゴリーもそれほど普及していなかったため、まとめてひとからげにドイツのプログレということになっていた。しかし、ピアノとソプラノとギターというシンプルな編成からつくられるその音楽は、緊張を内に秘めた耽美的な静寂と土俗的な呪術性をはらんだ、それまで耳にしたことのないサウンドだった。

『マーキー・ムーン』を通じて、ポポル・ヴフの音楽をドイツの映画監督のヴェルナー・ヘルツォークがたびたび使っていることを知った。『ノスフェラトゥ』も『アギーレ』もそうだった。なんだかすごい秘密を発見した思いで、ぼくはヘルツォークの映画の上映会を探しては足を運んだ。


ちょうどその頃、ヘルツォークの『フィッツカラルド』という作品が封切られた。これはアマゾンの密林の中にオペラハウスをつくろうとした男の狂気を描いたものだが、その音楽を手がけていたのもポポル・ヴフだった。大地から湧き起こるような神秘的な音楽は、ヘルツォークの描く深い密林の映像におどろくほど合っていた。これがそのテーマ音楽だ。もっとも、動画の映像は雰囲気は似ているが映画のとはちがう。



フィツカラルド [DVD]
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また、ポポル・ヴフのリーダーであるフローリアン・フリッケが、同じくヘルツォークの名作『カスパーハウザーの謎』に盲目のピアニストの役で出演しているのを見たときは、だれも知らない秘密をしったようなひそかな快感に酔った。だれも羨ましがらないだろうけど。

カスパー・ハウザーの謎 [DVD]
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とはいえ、ヘルツォークの多くの映画の主演をつとめたクラウス・キンスキーは1991年に亡くなり、フローリアン・フリッケも2001年に亡くなり、ポポル・ヴフの活動は終わった。ヘルツォークもキンスキー亡き後は、なんとなくぱっとしない。『フールズ・メイト』編集長だった北村昌士さんも数年前に亡くなった。『フールズ・メイト』はいまも健在だそうだが、流行りのJ-Popを扱う、以前とは似ても似つかないものになってしまったというし、『マーキー』もすっかり変わってしまった。

ポポル・ヴフの音楽にあれほどひかれていたのは、そこにあふれる官能的な宗教性や荘厳な静寂のためだったのだろう。しかし、フローリアン・フリッケが亡くなり、彼らのあとを継ぐようなグループもなくなったいま、その音楽を聞いて感じるのは、ひたすらな孤独だ。山崎尚洋さんが書いたように、それは「アカデミズムやヒエラルヒーに一切とらわれることのない教会音楽」であり、「あらゆる現実とのしがらみから手を切った」音楽かもしれないし、その意味ではたしかに自由だ。しかし、その自由はどうしようもなく孤独な自由だ。

80年代の初め頃、ヘルツォークがヴィム・ヴェンダースらといっしょに来日したときに行われたシンポジウムのあと、ぼくはヘルツォークに直接、訊ねたことがある。「どうしてあなたはポポル・ヴフの音楽を使うのですか」と。ヘルツォークは「私は彼らの音楽だけを使っているわけではありません。ワーグナーやモーツァルトも使います。けれども、私の映画にはフローリアン・フリッケの音楽は欠かせないのです。彼の音楽以上のものが私には考えられないのです」と答えた。それは答えになっていないような答えだったけれど、いまになってみると、ヘルツォークがいっていたことは、なんとなくわかる気もする。

ヘルツォークがポポル・ヴフの音楽を使った映画は、いずれもだれにも理解されないような孤独な人物をあつかったものばかりだ。アマゾンにオペラハウスをつくる夢にとりつかれたフィッツカラルドも、密林に妄想の王国を夢見たアギーレも、18世紀の奇人カスパーハウザーも、クラウス・キンスキー扮する孤独な吸血鬼ノスフェラトゥも、『ガラスの心』の予言者も、自由だけれど、だれの共感も得られることのない水のような哀しみを背負った主人公たちだった。それはとりもなおさず、ポポル・ヴフの音楽そのものだった。自由であるがゆえに、群れることも、形をとることもない、その孤独なもの哀しさが、いかに彼らの音楽にはあふれていることか。


これはヘルツォークの「アギーレ」の冒頭シーン。音楽はポポル・ヴフ。

プログレバンドの多くが、パンクやニューウェイブなどの流行のなかで音楽性を変えていったが、ポポル・ヴフは変わらなかった。フローリアン・フリッケは音楽の世界にシンセサイザーが導入される以前にシンセを使い、その可能性が注目されはじめた1970年代の初め頃には、それに見切りをつけて巨大なモーグのシンセをクラウス・シュルツに売り払い、完全なアコースティックに回帰していた。時代性の中で、彼らの音楽を位置づけようとするのはほとんど意味がない。それだけに音楽メディアにとりあげられることもほとんどないまま、フローリアン・フリッケの死とともにポポル・ヴフは忘却されかけている。そういうことだったのだろうかーーとヘルツォークのいった言葉をぼくはいまさらながらに思い出している。

アギーレ・神の怒り [DVD]
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テーマ : 本日のCD・レコード ジャンル : 音楽

02:15  |  progressive rock  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

はじめまして。
読みごたえある文章に感動のあまり、何か残さずにはいられなくなりコメントさせていただきます。
ちょうど今カスパーハウザーの謎をものすごく久しぶりに見ていて、フローリアン君のピアノの場面で、ちょこっと検索のつもりがここへやってまいりました。
自由だけど誰とも共感できないなんて…もう泣きそうです。
そして監督と交流したなんてうらやましいです。

ちなみに、マーキーの方とは10年ぐらい前に縁があり、Popol VuhやZamla Mammaz Mannaなんかも好きだと話したら喜ばれたような記憶があります。
あの方が山崎さんだったのかどうか…なにぶん当時どんな雑誌かすらもよく知らない小娘だったのが大変悔やまれます。

とてもとてもためになりした。
素敵なページをありがとうございます。

そうそう、adam lambertもよければ試してみてくださいね。
ガガ様が曲を提供しています。
北国っこ |  2010.10.11(月) 23:16 |  URL |  【コメント編集】

>北国っこさま

更新停滞中だったこのブログにコメントありがとうございます!
それも、よりによってPopolVuhの項に目をとめてくださり、うれしく思います。

「カスパー・ハウザーの謎」、いいですね。
カスパーが、嘘つき村と正直村のクイズを出した家庭教師に、思いがけない解答をしてぎゃふんといわせる場面とか、フローリアン・フリッケのピアノをじっと聞いている場面とか、いろんなシーンが目に浮かびます。

残念ながら、カスパー役のブルーノSは今年の8月に亡くなったそうです。
訃報を聞いたヘルツォークは「これまでにいっしょに仕事をしたすべての俳優の中でも、彼が最高だった」と述べたそうです。

北国っこさまは(たぶんお若いのに)ユーロロックなんて聞かれるのですね。
adam lambert聞いてみます。
Gagaの曲ですか。GagaのアレハンドロのPV、ご存じとは思いますが鳥肌物でした。

ちなみに、メインの別ブログ(http://earclean.cocolog-nifty.com/blog/)もよろしければどうぞ。いまはトップページが続き物の最終回になっているので、わけわからないかもしれませんが、1から見ていただければ幸いです。
このブログももう少し書かねば。。。


田中真知 |  2010.10.11(月) 23:51 |  URL |  【コメント編集】

■そうか

アギーレはポポル・ヴフだったのか。
随分昔に観たので全然知らなかった。
いいなあ、ヘルツォーク。大好きです。
takapapa |  2010.10.20(水) 03:29 |  URL |  【コメント編集】

>takapapa さま

おや、こんなところで、こんにちは。
アギーレ、ポポル・ヴフですよ。
また、ヘルツォーク特集、どこかでやってくれるといいですね。


田中真知 |  2010.10.22(金) 18:36 |  URL |  【コメント編集】

■おお

素晴らしい記事でした。
いばかん |  2014.11.13(木) 22:04 |  URL |  【コメント編集】

■ありがとうございます

いばかんさま

ありがとうございます(´Θ`)ノ
田中真知 |  2014.11.14(金) 06:20 |  URL |  【コメント編集】

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