2009.11.02 (Mon)
Lady Gaga「The Fame」
気がつけば前回のエントリーから半年である。1カ月たつと上に広告が出てくるのだが、これが2カ月たつとサイトに雑草が生えてきて、3カ月たつと画面の色が褪せてきて、そのうち壁が剥がれ落ちたり、サイトに動物が住み着いたりして、やがて廃墟になってしまうというシステムになっていたら面白そうである。そんなことにならないよう、短くても、まとまりがなくても書くようにしたい、などといっても相変わらず説得力がないな。
で、半年ぶりの更新はLady Gaga(レディー・ガガ)である。

流行りの洋楽を積極的に聞くこともないので、マライア・キャリーとか、ブリトニー・スピアーズとかビヨンセとか名前は聞いたことはあっても、顔もわからないし、なにを歌っているのかも知らないし、たぶん耳にしたことはあるのだろうけど思い出せない。どれも同じに聞こえてしまうのかもしれない。けれども、たまたまYouTubeで耳にした(目にした)あるPV(Promotion Video)に目を奪われた。それがLady GagaのPoker Faceだった。
シンセサイザーの静かなベース音に合わせて、革のボディスーツのLady Gagaが、プールの中から水を滴らせながら現れる場面に目を引きつけられる。おお、なんとサスペンスタッチでかっこいい! イコライザーのかかった単調な声とリズム、豪邸でのデカダンなパーティー。サビのシーンではどこかレトロな印象を与える青いレオタード姿の彼女が男をしたがえて、はげしく踊るシーンに心がふるえた。途中で彼女がかけているレンズがディスプレイになっているメガネもほしい。最後のサビでは、見るからに草食系イケメン男子が、彼女にとらえられて食われるのを待つばかりという感じで、もうここまで来ると、どうにでもしてくれいという気になる。動画が枠からはみだしているけれど、それもLady Gagaらしいからまあいいや。
感動したといえばそうなのだが、単純にカッコいいというのともちがう。これでもか、これでもかというほど、こってりした演出の過剰さはスマートさや洗練とは異質だ。一見、かぎりなくイロモノに近いし、ダサイといってもいい。でも、そのダサさが過剰なあまり、悪趣味を通りこして、逆に独特な様式美へと昇華されている。「ダサかっこいい」のだ。サウンドにも映像にも70年代や80年代の記号と近未来的なイメージがごった煮のようにちりばめられ、そこから匂い立つ一種のデカダンがフェリーニの映画(「サテリコン」や「カサノバ」とか)を見たときに感じるような、おなかいっぱい感、けれども、くせになる快感を呼びさます。
露出の激しい衣装や体の動きだけ見ればセクシーを通りこしてエロなのだが、ここまで過剰な演出で見せられるといやらしく感じられない。エロティシズムとは隠すことによってかき立てられる想像力から生まれる。けれども、ここまであけっぴろげにやられると、エロスというよりキッチュである。けれども、滑稽にはおちいらず、ぎりぎりのところでかっこよさを保っている。露出がはげしくても、男への媚びのない甘さのない自己演出のせいかもしれない。なんともアンビバレントな感覚的快楽なのだ。
音楽もくせになる。覚えやすいのだが、旋律がイージーに流れたり、むりやり盛り上げたりすることなく、緊張感を保ったままつづく曲調がいい。しかも歌唱力もある。あとで紹介するピアノの弾き語りを聞けばわかるが、これほどの歌唱力がありながらロボットボイスをあえてつかって、しかも抜群の効果を上げているところがすごい。イロモノのうさんくささをしっかり残しながら、歌はなみなみならぬ本格派である。おそるべし、Lady Gaga。すっかりあてられてしまって、ほかのPVやライブ映像をあさりまくり、インタビューや紹介記事を片っ端から読む。興味のある人はWikipediaあたりにくわしいのでそっちをみてほしい。イタリア系のアメリカ人でまだ23歳だが、アンダーグラウンドからストリップの経験まであるという経歴の持ち主だ。インタビューも面白い。気がつけば、すっかりLady Gagaの虜です。
PVとしての完成度が抜群に高いのは、Paparazziである。ぼくはマドンナの「Bedtime Story」のPVが好きで、これを超える完成度のものはいまだに知らないのだが、「Paparazzi」はストーリーものの傑作である。PV中、彼女の来ている衣装の斬新さ、そして過剰な演出と、力業のような展開、ときどき挟み込まれる新聞記事など、目と耳と脳が快楽でとろけそうになる。最後のほうで、彼女が着ている黄色い服のセンスに息をのみ、最後の警察の撮影シーンで彼女が見せるポーズもたまらない。ちょっと長いけど、できれば下の方をダブルクリックして大きな画面で見よう。
ライブ映像は、さらに迫力がある。CDでは最近流行りの加工をした声が使われていたりもするが、口パクのPerfumeとちがってLady Gagaはライブでは地声で歌う。その歌声が太く、すばらしく伸びがあるうえPCで見ていてもライブ・パフォーマンスの迫力が伝わってくる。力強い、ダサいんだけどカッコいいダンス。下の映像にも見られるが、まるで「愛の嵐」(という映画があります)ではないか。女版フレディー・マーキュリーとでもいうべき様式美である。これは来日時のライブ映像。見たかったなあ。
こっちはデビュー曲のJust Dance。このときは、いっしょに踊るのは女性ダンサーだった。
ピアノの弾き語りになると雰囲気ががらりと変わる。シンセサイザーによる演奏とはすっかりアレンジを変えたPoker FaceやPaparazziは、まるでゴスペルのようなみごとな歌いっぷりに驚かされる。ただ、歌の雰囲気とはまるでそぐわない、むちゃくちゃなファッションとダンスというか、あられもないパフォーマンスにぞくぞくしてしまう。。。
セクシーなアメリカの女性ポップスターの中でLady Gagaが異色なのは、彼女の同性愛への共感のせいかもしれない。自身が同性愛者かどうかは知らないが、彼女は同性愛者のイベントに積極的に参加して、その文化を擁護する発言をくりかえしている。そのせいかどうかはわからないが彼女の演出するエロスにはある種、同性愛の表現にありがちな抽象化された型というか様式美がある。フェリーニやデレク・ジャーマンを彷彿とさせるのも、そのせいだ。ちなみに、これはPaparazziの弾き語り。シャボン玉ドレスがまたいいなあ。シャボン玉ピアノもほしい。
彼女は2009年6月に来日もしていた。ちょうどその頃はぼくは日本にいなくて、あとでYouTubeで知って悔しかった。ライブやPVのイメージとはちがってインタビューを受ける彼女は、とてもかわいらしく、それがまた意外だった。性格すごくいいではないか! お愛想とはいえ、タモリの質問に対して、シブヤのテング(天狗)でレモンサワーが美味しかったデスなんて答えるところを見て、もう好感度が200パーセントアップしてしまった。ライブ映像を見ると、Lady Gagaには女性ファンが目立つ。それはなんといっても元気のよさ、それに男や世間に媚びず、ファッションにせよ、歌い方にせよ、好きなことを好きなように表現するという姿勢のせいかもしれない。この前、来日したときのライブを見たという女の子に会って、心底うらやましかった。これはMusic Japanに出たときのインタビュー。ガガ婦人って・・・。
こっちがタモリの番組に出たとき。
そんなわけで、朝から晩までLady Gagaという日々が続いている。一時期のPerfumeとcapsule三昧のとき以上かもしれない。先日は、家人に、あなた夜中に寝言でパパ、パパラッチとか歌っていたわよといわれ、ちょっと重篤な中毒症状かもしれないと少し心配である。
で、半年ぶりの更新はLady Gaga(レディー・ガガ)である。

流行りの洋楽を積極的に聞くこともないので、マライア・キャリーとか、ブリトニー・スピアーズとかビヨンセとか名前は聞いたことはあっても、顔もわからないし、なにを歌っているのかも知らないし、たぶん耳にしたことはあるのだろうけど思い出せない。どれも同じに聞こえてしまうのかもしれない。けれども、たまたまYouTubeで耳にした(目にした)あるPV(Promotion Video)に目を奪われた。それがLady GagaのPoker Faceだった。
シンセサイザーの静かなベース音に合わせて、革のボディスーツのLady Gagaが、プールの中から水を滴らせながら現れる場面に目を引きつけられる。おお、なんとサスペンスタッチでかっこいい! イコライザーのかかった単調な声とリズム、豪邸でのデカダンなパーティー。サビのシーンではどこかレトロな印象を与える青いレオタード姿の彼女が男をしたがえて、はげしく踊るシーンに心がふるえた。途中で彼女がかけているレンズがディスプレイになっているメガネもほしい。最後のサビでは、見るからに草食系イケメン男子が、彼女にとらえられて食われるのを待つばかりという感じで、もうここまで来ると、どうにでもしてくれいという気になる。動画が枠からはみだしているけれど、それもLady Gagaらしいからまあいいや。
感動したといえばそうなのだが、単純にカッコいいというのともちがう。これでもか、これでもかというほど、こってりした演出の過剰さはスマートさや洗練とは異質だ。一見、かぎりなくイロモノに近いし、ダサイといってもいい。でも、そのダサさが過剰なあまり、悪趣味を通りこして、逆に独特な様式美へと昇華されている。「ダサかっこいい」のだ。サウンドにも映像にも70年代や80年代の記号と近未来的なイメージがごった煮のようにちりばめられ、そこから匂い立つ一種のデカダンがフェリーニの映画(「サテリコン」や「カサノバ」とか)を見たときに感じるような、おなかいっぱい感、けれども、くせになる快感を呼びさます。
露出の激しい衣装や体の動きだけ見ればセクシーを通りこしてエロなのだが、ここまで過剰な演出で見せられるといやらしく感じられない。エロティシズムとは隠すことによってかき立てられる想像力から生まれる。けれども、ここまであけっぴろげにやられると、エロスというよりキッチュである。けれども、滑稽にはおちいらず、ぎりぎりのところでかっこよさを保っている。露出がはげしくても、男への媚びのない甘さのない自己演出のせいかもしれない。なんともアンビバレントな感覚的快楽なのだ。
音楽もくせになる。覚えやすいのだが、旋律がイージーに流れたり、むりやり盛り上げたりすることなく、緊張感を保ったままつづく曲調がいい。しかも歌唱力もある。あとで紹介するピアノの弾き語りを聞けばわかるが、これほどの歌唱力がありながらロボットボイスをあえてつかって、しかも抜群の効果を上げているところがすごい。イロモノのうさんくささをしっかり残しながら、歌はなみなみならぬ本格派である。おそるべし、Lady Gaga。すっかりあてられてしまって、ほかのPVやライブ映像をあさりまくり、インタビューや紹介記事を片っ端から読む。興味のある人はWikipediaあたりにくわしいのでそっちをみてほしい。イタリア系のアメリカ人でまだ23歳だが、アンダーグラウンドからストリップの経験まであるという経歴の持ち主だ。インタビューも面白い。気がつけば、すっかりLady Gagaの虜です。
PVとしての完成度が抜群に高いのは、Paparazziである。ぼくはマドンナの「Bedtime Story」のPVが好きで、これを超える完成度のものはいまだに知らないのだが、「Paparazzi」はストーリーものの傑作である。PV中、彼女の来ている衣装の斬新さ、そして過剰な演出と、力業のような展開、ときどき挟み込まれる新聞記事など、目と耳と脳が快楽でとろけそうになる。最後のほうで、彼女が着ている黄色い服のセンスに息をのみ、最後の警察の撮影シーンで彼女が見せるポーズもたまらない。ちょっと長いけど、できれば下の方をダブルクリックして大きな画面で見よう。
ライブ映像は、さらに迫力がある。CDでは最近流行りの加工をした声が使われていたりもするが、口パクのPerfumeとちがってLady Gagaはライブでは地声で歌う。その歌声が太く、すばらしく伸びがあるうえPCで見ていてもライブ・パフォーマンスの迫力が伝わってくる。力強い、ダサいんだけどカッコいいダンス。下の映像にも見られるが、まるで「愛の嵐」(という映画があります)ではないか。女版フレディー・マーキュリーとでもいうべき様式美である。これは来日時のライブ映像。見たかったなあ。
こっちはデビュー曲のJust Dance。このときは、いっしょに踊るのは女性ダンサーだった。
ピアノの弾き語りになると雰囲気ががらりと変わる。シンセサイザーによる演奏とはすっかりアレンジを変えたPoker FaceやPaparazziは、まるでゴスペルのようなみごとな歌いっぷりに驚かされる。ただ、歌の雰囲気とはまるでそぐわない、むちゃくちゃなファッションとダンスというか、あられもないパフォーマンスにぞくぞくしてしまう。。。
セクシーなアメリカの女性ポップスターの中でLady Gagaが異色なのは、彼女の同性愛への共感のせいかもしれない。自身が同性愛者かどうかは知らないが、彼女は同性愛者のイベントに積極的に参加して、その文化を擁護する発言をくりかえしている。そのせいかどうかはわからないが彼女の演出するエロスにはある種、同性愛の表現にありがちな抽象化された型というか様式美がある。フェリーニやデレク・ジャーマンを彷彿とさせるのも、そのせいだ。ちなみに、これはPaparazziの弾き語り。シャボン玉ドレスがまたいいなあ。シャボン玉ピアノもほしい。
彼女は2009年6月に来日もしていた。ちょうどその頃はぼくは日本にいなくて、あとでYouTubeで知って悔しかった。ライブやPVのイメージとはちがってインタビューを受ける彼女は、とてもかわいらしく、それがまた意外だった。性格すごくいいではないか! お愛想とはいえ、タモリの質問に対して、シブヤのテング(天狗)でレモンサワーが美味しかったデスなんて答えるところを見て、もう好感度が200パーセントアップしてしまった。ライブ映像を見ると、Lady Gagaには女性ファンが目立つ。それはなんといっても元気のよさ、それに男や世間に媚びず、ファッションにせよ、歌い方にせよ、好きなことを好きなように表現するという姿勢のせいかもしれない。この前、来日したときのライブを見たという女の子に会って、心底うらやましかった。これはMusic Japanに出たときのインタビュー。ガガ婦人って・・・。
こっちがタモリの番組に出たとき。
そんなわけで、朝から晩までLady Gagaという日々が続いている。一時期のPerfumeとcapsule三昧のとき以上かもしれない。先日は、家人に、あなた夜中に寝言でパパ、パパラッチとか歌っていたわよといわれ、ちょっと重篤な中毒症状かもしれないと少し心配である。
2009.05.29 (Fri)
JOHN LENNON 「ジョンの魂」
また1カ月たってしまった。やれやれ。じつは5月の連休に、さいたま市にあるジョン・レノン・ミューゼアムに初めて行った。そのあとビートルズのことや、ジョン・レノンのことを、つらつら考えていた。ジョン・レノン・ミューゼアムというのが、あるのは知っていたけれど、行きたいと思ったことはなかったし、今回だって奥さんに誘われなければ一人で行こうとは思わなかったし、たぶんいちども行かなかったと思う。
中学のときはビートルズばかり聴いていて、中でもジョン・レノンがいちばん好きだったし、解散後もジョン・レノンのアルバムだけは買いつづけていた。好きな作家の育った地を訪ねたいという気はわかるし、ぼくもそういうことをしたことはあるが、イギリスに行っても、リバプールに足を伸ばしてみようと考えたことはなかった。
どうして、そうなのか、自分でもよくわからない。たぶん、ビートルズについては、あまりにも多くの言説が氾濫していて、なにをいおうと、なにを感じようと、それらの中にからめとられそうな気がするからかもしれない。とりわけ、半ば神話化したジョン・レノンの生涯については、共感しようが、批判しようが、大きな神話体系の中から出られないという圧倒的な吸引力を感じてしまう。そこから逃れるために、トリビアのような細かいエピソードを探してビートルズという巨大建造物の地下を掘りすすむ気にもなれない。そうなると、ビートルズやジョン・レノンを語るには、自分を語らなくてはならなくなる。そんなおびただしい自分語りが、世界にはあふれかえっている。とはいえ、音楽について語るとは、結局、自分を語ることなのだけれど。

でも、ジョン・レノン・ミューゼアムは行ってよかった。ジョン・レノンの思い出をたどるというより、そこに託されたオノ・ヨーコの思いに、しみじみとさせられるようなつくりだった。外にあるコーヒーが100円で飲めるしゃれたラウンジもよかった。
いまはビートルズについて無数の本や文章が手にはいるけれど、ぼくがビートルズを熱心に聴いていた1970年代の初め頃は、そうではなかった。中学生であった自分が手に入れることができたのはレコードについていたライナーノーツのほかは、レコード屋に置いてあった東芝が出した無料の小冊子だけだった。探してみたら、本箱の奥から出てきた。「THE BEATLES FOREVER」という60ページほどの冊子で、1972年に出たものだった。先日、中学時代の同級生と話をしたら、みんな持っていた。

このうすい冊子には、ビートルズの全ディスコグラフィーと、当時出ていたソロアルバムのリストと解説が載っていた。文章を寄せていたのも横尾忠則、一柳慧、加藤和彦、星加ルミ子、松山猛など、いま思えばなかなかの人たちばかりで、とくに横尾忠則のイラスト入りの手書きの文章は、過剰なまでのビートルズへの帰依を臆面もなく、赤裸々につづったもので、当時の自分にはかなりショックだった。

「ビートルズが右へ行ったら、ぼくも右、左へ行ったらぼくも左です... ... ビートルズはぼくの神です。... ... ぼくはビートルズのエーテル体です。ぼくの秘密はビートルズです」と横尾忠則は書いていた。ああ、こんなことまで文章でいってしまってもいいんだ。滝に身を投じるようにビートルズと自分を一体化させている、その文章は、いま読んでもビートルズによる自分語りのきわみだと思う。逆にこれを読んでしまったがために、自分はこれほどの愛情を口にすることはできないと思ってしまい、ビートルズについて言葉をもつことをためらうようになったのかもしれない。
ぼくにとってビートルズは古くて、謎や神秘に満ちた巨大なお屋敷のようだった。正門から入ると、そこには「ヘイ・ジュード」とか「抱きしめたい」といった、だれでも知っている、わかりやすい世界があるのだけれど、中には無数の部屋や庭や迷路や離れがあって、そっちのほうには「アイ・アム・ザ・ウォルラス」とか「ワイルド・ハニー・パイ」とかがあり、さらに奥の方に入っていくと「レボリューション 9」などの迷宮がある。映画「イエロー・サブマリン」で見たメンバーの部屋みたいに、中に分け入るほどに別世界が広がっていく。それは中学生にとっては、リアルな全世界よりも広く感じられた。
さらに庭の奥の森の中には、当時のお小遣いではとても買う勇気のもてない「ジョンとヨーコ/未完成作品 第2番」とか、ジョージ・ハリスン「電子音楽の世界」といった想像もつかない世界が広がっている。そんな奥地に踏み込むのは、とても勇気のいることだったが、初めて、その世界をかいまみせてくれたのが「ジョンの魂」というアルバムだった。
鈍感な中学生の自分にも、この作品が、いまにも切れてしまいそうなほどぴんと張りつめた糸からなっていることは感じられた。音楽を聴いて痛々しさを感じるということがあるのだとおどろいた。もちろん、商品である以上、そこには計算された世界観なりコンセプトがあるのだろうが、それでも痛いときには痛いと声に出していいのだ、ということを、このジョン・レノンの作品ほどストレートに教えてくれたものはない。そのころは歌というのは強がったり、怒ったりするものだと、夢見たりするものだと思っていた。でも、痛い、つらい、さびしいと叫んでもいいし、それでもなおかつ、しみったれていないというのは衝撃だった。
ぼくはジョン・レノンの平和運動には興味がないし、ロックンロールもそんなに好きではない。年末にやっているジョン・レノン・スーパーライブというイベントも見たいと思ったこともないけれど、でも、つらいときや、痛いとき、ふいに口をついて出てくるのは、このアルバムに入っている「アイソレイション」という曲だったりする。ただ、同じくジョン・レノンのつくった痛々しいビートルズ・ナンバーである「ヘルプ」が、イトーヨーカ堂の食品売り場の定番BGMになっているのは、なんとかしてほしいよなあ。
中学のときはビートルズばかり聴いていて、中でもジョン・レノンがいちばん好きだったし、解散後もジョン・レノンのアルバムだけは買いつづけていた。好きな作家の育った地を訪ねたいという気はわかるし、ぼくもそういうことをしたことはあるが、イギリスに行っても、リバプールに足を伸ばしてみようと考えたことはなかった。
どうして、そうなのか、自分でもよくわからない。たぶん、ビートルズについては、あまりにも多くの言説が氾濫していて、なにをいおうと、なにを感じようと、それらの中にからめとられそうな気がするからかもしれない。とりわけ、半ば神話化したジョン・レノンの生涯については、共感しようが、批判しようが、大きな神話体系の中から出られないという圧倒的な吸引力を感じてしまう。そこから逃れるために、トリビアのような細かいエピソードを探してビートルズという巨大建造物の地下を掘りすすむ気にもなれない。そうなると、ビートルズやジョン・レノンを語るには、自分を語らなくてはならなくなる。そんなおびただしい自分語りが、世界にはあふれかえっている。とはいえ、音楽について語るとは、結局、自分を語ることなのだけれど。

でも、ジョン・レノン・ミューゼアムは行ってよかった。ジョン・レノンの思い出をたどるというより、そこに託されたオノ・ヨーコの思いに、しみじみとさせられるようなつくりだった。外にあるコーヒーが100円で飲めるしゃれたラウンジもよかった。
いまはビートルズについて無数の本や文章が手にはいるけれど、ぼくがビートルズを熱心に聴いていた1970年代の初め頃は、そうではなかった。中学生であった自分が手に入れることができたのはレコードについていたライナーノーツのほかは、レコード屋に置いてあった東芝が出した無料の小冊子だけだった。探してみたら、本箱の奥から出てきた。「THE BEATLES FOREVER」という60ページほどの冊子で、1972年に出たものだった。先日、中学時代の同級生と話をしたら、みんな持っていた。

このうすい冊子には、ビートルズの全ディスコグラフィーと、当時出ていたソロアルバムのリストと解説が載っていた。文章を寄せていたのも横尾忠則、一柳慧、加藤和彦、星加ルミ子、松山猛など、いま思えばなかなかの人たちばかりで、とくに横尾忠則のイラスト入りの手書きの文章は、過剰なまでのビートルズへの帰依を臆面もなく、赤裸々につづったもので、当時の自分にはかなりショックだった。

「ビートルズが右へ行ったら、ぼくも右、左へ行ったらぼくも左です... ... ビートルズはぼくの神です。... ... ぼくはビートルズのエーテル体です。ぼくの秘密はビートルズです」と横尾忠則は書いていた。ああ、こんなことまで文章でいってしまってもいいんだ。滝に身を投じるようにビートルズと自分を一体化させている、その文章は、いま読んでもビートルズによる自分語りのきわみだと思う。逆にこれを読んでしまったがために、自分はこれほどの愛情を口にすることはできないと思ってしまい、ビートルズについて言葉をもつことをためらうようになったのかもしれない。
ぼくにとってビートルズは古くて、謎や神秘に満ちた巨大なお屋敷のようだった。正門から入ると、そこには「ヘイ・ジュード」とか「抱きしめたい」といった、だれでも知っている、わかりやすい世界があるのだけれど、中には無数の部屋や庭や迷路や離れがあって、そっちのほうには「アイ・アム・ザ・ウォルラス」とか「ワイルド・ハニー・パイ」とかがあり、さらに奥の方に入っていくと「レボリューション 9」などの迷宮がある。映画「イエロー・サブマリン」で見たメンバーの部屋みたいに、中に分け入るほどに別世界が広がっていく。それは中学生にとっては、リアルな全世界よりも広く感じられた。
さらに庭の奥の森の中には、当時のお小遣いではとても買う勇気のもてない「ジョンとヨーコ/未完成作品 第2番」とか、ジョージ・ハリスン「電子音楽の世界」といった想像もつかない世界が広がっている。そんな奥地に踏み込むのは、とても勇気のいることだったが、初めて、その世界をかいまみせてくれたのが「ジョンの魂」というアルバムだった。
ジョンの魂 〜ミレニアム・エディション〜
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ジョン・レノン
EMIミュージック・ジャパン (2000-10-09)
売り上げランキング: 28016
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鈍感な中学生の自分にも、この作品が、いまにも切れてしまいそうなほどぴんと張りつめた糸からなっていることは感じられた。音楽を聴いて痛々しさを感じるということがあるのだとおどろいた。もちろん、商品である以上、そこには計算された世界観なりコンセプトがあるのだろうが、それでも痛いときには痛いと声に出していいのだ、ということを、このジョン・レノンの作品ほどストレートに教えてくれたものはない。そのころは歌というのは強がったり、怒ったりするものだと、夢見たりするものだと思っていた。でも、痛い、つらい、さびしいと叫んでもいいし、それでもなおかつ、しみったれていないというのは衝撃だった。
ぼくはジョン・レノンの平和運動には興味がないし、ロックンロールもそんなに好きではない。年末にやっているジョン・レノン・スーパーライブというイベントも見たいと思ったこともないけれど、でも、つらいときや、痛いとき、ふいに口をついて出てくるのは、このアルバムに入っている「アイソレイション」という曲だったりする。ただ、同じくジョン・レノンのつくった痛々しいビートルズ・ナンバーである「ヘルプ」が、イトーヨーカ堂の食品売り場の定番BGMになっているのは、なんとかしてほしいよなあ。
2009.04.10 (Fri)
Aphex Twin「Selected Ambient Works, Vol. 2」
こちらも季刊ブログと化していた。一カ月以上おくと上に広告が出てしまうのだな。春になったので春号というわけではないが更新です。春号といえば、いま出ている『考える人』(新潮社)という雑誌が「ピアノの時間」(2009年春号)という特集で、その中の「私の好きなピアノ・アルバム、ベスト3」というアンケート原稿を頼まれた。奇をてらったわけではないが、その1枚にエイフェックス・ツインの『Drukqs』(ドラックス)というアルバムをとりあげた。そちらのほうでは紙面が限られていたので、ここでほかの作品のことも含めて、もう少し書く。
エイフェックス・ツインはピアニストではなく、強烈なドラムンベースで90年代のテクノ界を風靡した奇才とされているアーティスト。荒涼とした無機質な空虚感の中に、なにかたとえようもなく純粋な光景が見えてくるような不思議な音楽をつくる。激しく甘さのない機械的なビートで、人間には絶対演奏不可能なフレーズがつづくにもかかわらず、そこから想起されるのは深い静けさだったりする。
テクノはそんなに好きではないのだけど、エイフェックス・ツインがつくりだす風景は、少なくともいまとのころ、ほかの音楽からは得られない。Capsuleなどとはまったくちがうし、数多のテクノのグループともちがう。エイフェックス・ツインだけの風景である。ジャケットは本人(Richard D. Jamesというのが本名)なのだろう、邪悪な笑いを浮かべた顔が使われているものが多い。あまり飾りたくはないが、この邪悪さは嫌いじゃない。
ただし、このジャケットはあまり好みじゃあないな。↓
『Drukqs』は基本的に脳髄に突き刺さるような無機質で激しい音楽がつづくのだが、中に不意にピアノ、それもおそらくプリペアド・ピアノで演奏された短い曲がまじる。それが本当にこよなく美しい。ただし、その曲だけを取りだしても、あまり意味がなく、この激しい甘さのない世界がつづく中で、不意にそのピアノが現れるのがなんともいい。この短い、シンプルな曲を際だたせるために、全体があるようなそんな音世界がアルバムに広がっている。
耳ざわりのいい曲だけを集めたベスト盤というのもありだとは思うが、いまや世の中がみんなそんなのばかりではないか。クラシックの名曲を集めたものとか、それでも飽きたらず数十秒の名フレーズを集めたものとか、そんなにも時間が惜しいのかよといいたくなるほど無駄を廃したベスト盤ばかりで、なんだかなあという気もするのだ。でも、そんなベスト盤みたいな目で世界を見ていては、やはりだめだと思う。薔薇ばかり咲いている花畑では、一つひとつの薔薇なんて見ない。でも、砂漠の中に、たった一輪だけ咲いている薔薇の花なら、それが心に訴えかけてくるものはぜんぜんちがう。「星の王子様」にもそんな一節があったな。そんなこともあって、『Drukqs』をピアノの名盤として取り上げた。
でも、エイフェックス・ツインで、いちばんの傑作は、『Selected Ambient Works, Vol. 2』だと思う。
アンビエントというと、ブライアン・イーノとかハロルド・バッドとか、あとの癒し系にもつながるような音楽を思い浮かべる人も多いだろう。イーノはけっして、癒し系ではないと思うのだけど、中には聞きやすく、癒しにつながるような作品も多いし、全体として見れば精神を安定させるような音世界だ。しかし、この作品はちがう。ここにあるのは、アンビエントといってもひたすらな不安や怖れだ。怖れといっても、現代音楽にありがちなホラー映画のバックに流れているような音楽ともちがう。クラウス・シュルツや初期のタンジェリン・ドリームともちがう。あちらは異次元というか時間的・空間的に遠く隔たった異界を彷彿とするが、エイフェックス・ツインのこの音楽は、すぐそばで鳴っているような気がしながら、そこには絶対にたどり着けないような妙な距離感が伝わってくる。なんというか、そこに広がるのは、やはりエイフェックス・ツインでしか見えてこない風景なのだ。
透明で穏やかな茫洋としたフレーズともいえないフレーズが漂うように拡散していく。なにかを形容しているわけでもなければ、象徴しているわけでもない。感情にしても、思考にしても、イデオロギーにしても、そうしたこの世界にあるものの形をいっさいなぞろうとしていない。あらゆる予定調和からはるかに遠い。それでありながら、あるいはそれだからこそなのか、そこから広がる音世界はなんともいえなく物悲しい。悲しいのだけど、カタルシスがあるわけではなく、輪郭のない不安がどこまでも冷たく広がっているような乾いた物悲しさだ。
死というものにいちばん近い音楽があるとすれば、こんな音楽かもしれないと思う。ブライアン・イーノのアンビエント・シリーズのタイトルは「Music fot Airports」だったり、「Music for films」だったりしたけれど、これは「Music for the dead」とよびたくなる音楽だ。ただし、レクイエムではない。レクイエムとは、この世からあの世への視線で書かれている気がするのだが、これはちがう。むしろ、あの世からこの世を見つめるような視線を感じてしまう。しかも、そのあの世というのはすぐそばにありながら、あるいはこの同じ空間上にありながらも、けっしてふれることのできない、そんな形で存在しているもののような気がする。死者の存在というのは、そういうものなのではないかとも思う。もっとも、これは勝手な妄想だけれど。
2枚組で一曲一曲が長いし、動画で見たり聞いたりするような音楽ではないし、だれにでも薦められるようなものでもないけれど、自分にとってはとても大切な音楽だ。思考や感情の平衡感覚を見失ったとき、このアルバムを聞くと、すーっといろんなものが鎮静していく。鎮静しすぎてしまうのが怖い。
今後はせめて週刊になるようにします。
ちなみに『考える人』はこれ。↓
Aphex Twin
Warp/Sire (2001-10-30)
売り上げランキング: 14213
Warp/Sire (2001-10-30)
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エイフェックス・ツインはピアニストではなく、強烈なドラムンベースで90年代のテクノ界を風靡した奇才とされているアーティスト。荒涼とした無機質な空虚感の中に、なにかたとえようもなく純粋な光景が見えてくるような不思議な音楽をつくる。激しく甘さのない機械的なビートで、人間には絶対演奏不可能なフレーズがつづくにもかかわらず、そこから想起されるのは深い静けさだったりする。
テクノはそんなに好きではないのだけど、エイフェックス・ツインがつくりだす風景は、少なくともいまとのころ、ほかの音楽からは得られない。Capsuleなどとはまったくちがうし、数多のテクノのグループともちがう。エイフェックス・ツインだけの風景である。ジャケットは本人(Richard D. Jamesというのが本名)なのだろう、邪悪な笑いを浮かべた顔が使われているものが多い。あまり飾りたくはないが、この邪悪さは嫌いじゃない。
Richard D. James Album
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Aphex Twin
Elektra (1997-01-27)
売り上げランキング: 1125
Elektra (1997-01-27)
売り上げランキング: 1125
ただし、このジャケットはあまり好みじゃあないな。↓
Windowlicker
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Aphex Twin
Sire (1999-03-19)
売り上げランキング: 39364
Sire (1999-03-19)
売り上げランキング: 39364
『Drukqs』は基本的に脳髄に突き刺さるような無機質で激しい音楽がつづくのだが、中に不意にピアノ、それもおそらくプリペアド・ピアノで演奏された短い曲がまじる。それが本当にこよなく美しい。ただし、その曲だけを取りだしても、あまり意味がなく、この激しい甘さのない世界がつづく中で、不意にそのピアノが現れるのがなんともいい。この短い、シンプルな曲を際だたせるために、全体があるようなそんな音世界がアルバムに広がっている。
耳ざわりのいい曲だけを集めたベスト盤というのもありだとは思うが、いまや世の中がみんなそんなのばかりではないか。クラシックの名曲を集めたものとか、それでも飽きたらず数十秒の名フレーズを集めたものとか、そんなにも時間が惜しいのかよといいたくなるほど無駄を廃したベスト盤ばかりで、なんだかなあという気もするのだ。でも、そんなベスト盤みたいな目で世界を見ていては、やはりだめだと思う。薔薇ばかり咲いている花畑では、一つひとつの薔薇なんて見ない。でも、砂漠の中に、たった一輪だけ咲いている薔薇の花なら、それが心に訴えかけてくるものはぜんぜんちがう。「星の王子様」にもそんな一節があったな。そんなこともあって、『Drukqs』をピアノの名盤として取り上げた。
でも、エイフェックス・ツインで、いちばんの傑作は、『Selected Ambient Works, Vol. 2』だと思う。
Selected Ambient Works, Vol. 2
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Aphex Twin
Warner (1994-04-05)
売り上げランキング: 7622
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アンビエントというと、ブライアン・イーノとかハロルド・バッドとか、あとの癒し系にもつながるような音楽を思い浮かべる人も多いだろう。イーノはけっして、癒し系ではないと思うのだけど、中には聞きやすく、癒しにつながるような作品も多いし、全体として見れば精神を安定させるような音世界だ。しかし、この作品はちがう。ここにあるのは、アンビエントといってもひたすらな不安や怖れだ。怖れといっても、現代音楽にありがちなホラー映画のバックに流れているような音楽ともちがう。クラウス・シュルツや初期のタンジェリン・ドリームともちがう。あちらは異次元というか時間的・空間的に遠く隔たった異界を彷彿とするが、エイフェックス・ツインのこの音楽は、すぐそばで鳴っているような気がしながら、そこには絶対にたどり着けないような妙な距離感が伝わってくる。なんというか、そこに広がるのは、やはりエイフェックス・ツインでしか見えてこない風景なのだ。
透明で穏やかな茫洋としたフレーズともいえないフレーズが漂うように拡散していく。なにかを形容しているわけでもなければ、象徴しているわけでもない。感情にしても、思考にしても、イデオロギーにしても、そうしたこの世界にあるものの形をいっさいなぞろうとしていない。あらゆる予定調和からはるかに遠い。それでありながら、あるいはそれだからこそなのか、そこから広がる音世界はなんともいえなく物悲しい。悲しいのだけど、カタルシスがあるわけではなく、輪郭のない不安がどこまでも冷たく広がっているような乾いた物悲しさだ。
死というものにいちばん近い音楽があるとすれば、こんな音楽かもしれないと思う。ブライアン・イーノのアンビエント・シリーズのタイトルは「Music fot Airports」だったり、「Music for films」だったりしたけれど、これは「Music for the dead」とよびたくなる音楽だ。ただし、レクイエムではない。レクイエムとは、この世からあの世への視線で書かれている気がするのだが、これはちがう。むしろ、あの世からこの世を見つめるような視線を感じてしまう。しかも、そのあの世というのはすぐそばにありながら、あるいはこの同じ空間上にありながらも、けっしてふれることのできない、そんな形で存在しているもののような気がする。死者の存在というのは、そういうものなのではないかとも思う。もっとも、これは勝手な妄想だけれど。
2枚組で一曲一曲が長いし、動画で見たり聞いたりするような音楽ではないし、だれにでも薦められるようなものでもないけれど、自分にとってはとても大切な音楽だ。思考や感情の平衡感覚を見失ったとき、このアルバムを聞くと、すーっといろんなものが鎮静していく。鎮静しすぎてしまうのが怖い。
今後はせめて週刊になるようにします。
ちなみに『考える人』はこれ。↓
テーマ : 本日のCD・レコード ジャンル : 音楽
2008.12.30 (Tue)
Popol Vuh「Hosianna Mantra」
この前本屋にいったら、capsuleの中田ヤスタカが表紙を飾っている雑誌が目に入った。『MARQUEE』という雑誌だった。MARQUEE? それは記憶にある雑誌だった。1980年代前半だから、いまから25年(!!!)ほど前、ぼくはこの雑誌の熱心な愛読者だった。しかし、当時のMARQUEE(その前身は『MARQUEE MOON』)は、こんなメジャーな音楽を扱うものではなかった。それはユーロピアン・プログレをメインとしたマニアックな超マイナーな音楽専門誌だった。
ほんとうに、あの『マーキー』なのか? 調べてみると、いろいろ中断はあり、中身もすっかり様変わりしたが、たしかにあの『マーキー』の末裔らしいことがわかった。B5版月刊誌だった『マーキー・ムーン』がA4版の不定期刊の『マーキー』になり、いつしか見なくなってしまったのだが、こんな形で復活していたとは。超マイナーな世界を扱っていた雑誌なのに、ずいぶん変わったものだ。きっと、いろいろあったのだろう。
あの頃、先鋭的なロック音楽雑誌の筆頭は渋谷陽一編集の『ロッキング・オン』だったが、ロッキング・オンが光を当てないマイナー・プログレを扱う雑誌として知られていたのが北村昌士編集の『フールズ・メイト』だった。その『フールズ・メイト』よりも、さらに耽美的で、独自の世界を追求していたのが山崎尚洋編集の『マーキー・ムーン』(のちの『マーキー』)だった。『フールズ・メイト』と『マーキー・ムーン』は両方とも買っていたが、好きだったのは『マーキー・ムーン』だった。

左が「マーキー・ムーン」(1983)、右が「フールズ・メイト」(1980)
『マーキー・ムーン』は不思議な雑誌だった。初めはマイナーなヨーロピアン・プログレを扱っていたのだが、編集長の趣向もあって、メシアンのような現代音楽、ヨーロピアン・トラッドの世界、さらに晩年のシューマンなど、じつに幅広い範囲の音楽を取り上げるようになった。記事にはオカルティズムをめぐる難解な評論があったり、現代音楽家の松平頼暁さんの連載があったり、ルネサンスの音楽家ギョーム・デュファイについての論考やら、ガムラン音楽講義などがあったり、おまけとしてソノシートまでついていたりして、とにかくカバー範囲が広かった。「香りの音楽」と題して、イーノのアンビエントとはまたちがう美意識に貫かれたコンセプトを提示していたりもした。
ぼくはこの雑誌で、ユーロピアン・プログレのみならず中世のポリフォニー音楽や、スーフィーの音楽や、さらに西洋文化の背景に流れる隠秘学の伝統など、じつに多くを学んだ。教会音楽からロック、現代音楽をつらぬく有機的なつながりのようなものを意識するようになったのも、この雑誌のおかげだった。そして、この雑誌のレビューで紹介されているレコード(それは大きなレコード店ではまず置いていなかった)を求めて、明大前のモダーン・ミュージックとか、恵比寿のパテ・レコードなどに足繁く通った。ときに、中古なのに1枚8000円もする「幻の名盤」というのを、さんざん迷ったあげく買っては、自己満足にひたったり、逆に、ありゃこんなもんか、やられたーとほぞをかんだりする、というのをくりかえした。
それでも「マーキー・ムーン」編集長の山崎尚洋さんのレビューは、ぼくにとってもっとも信頼のおけるものだった。それは繊細な美意識と熱い思いにあふれた、知的でありながら昂揚感をさそう文章だった。たとえば、彼がとくに推していたドイツの「ポポル・ヴフ」(Popol Vuh)というグループの「Hosianna Mantra」という作品についてのレビューは、こんなかんじだ。
「……アカデミズムやヒエラルヒーに一切とらわれることのない教会音楽があるとすれば、それがポポル・ヴフの音楽であるといえる。あらゆる現実とのしがらみから手を切り、精神の深みからわき出る情感を音に表現するメソードは、真に自由であり、歴史、現実、カテゴリーといったものから解き放たれた神秘の世界でもある……」(MARQUEE MOON 013より)

Popol Vuh「Hosianna Mantra」
かっこいい! これですっかりやられて、ぼくもポポル・ヴフのレコードを探し求めた。それはレビューにたがわず、まさに当時の自分が求めていた音楽だった。マヤの聖典の名を冠したこのグループはロックというには程遠い、いまでいうアンビエントやミニマルにちかい音楽をつくっていた人たちなのだが、そのころはそうしたカテゴリーもそれほど普及していなかったため、まとめてひとからげにドイツのプログレということになっていた。しかし、ピアノとソプラノとギターというシンプルな編成からつくられるその音楽は、緊張を内に秘めた耽美的な静寂と土俗的な呪術性をはらんだ、それまで耳にしたことのないサウンドだった。
『マーキー・ムーン』を通じて、ポポル・ヴフの音楽をドイツの映画監督のヴェルナー・ヘルツォークがたびたび使っていることを知った。『ノスフェラトゥ』も『アギーレ』もそうだった。なんだかすごい秘密を発見した思いで、ぼくはヘルツォークの映画の上映会を探しては足を運んだ。
ちょうどその頃、ヘルツォークの『フィッツカラルド』という作品が封切られた。これはアマゾンの密林の中にオペラハウスをつくろうとした男の狂気を描いたものだが、その音楽を手がけていたのもポポル・ヴフだった。大地から湧き起こるような神秘的な音楽は、ヘルツォークの描く深い密林の映像におどろくほど合っていた。これがそのテーマ音楽だ。もっとも、動画の映像は雰囲気は似ているが映画のとはちがう。
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また、ポポル・ヴフのリーダーであるフローリアン・フリッケが、同じくヘルツォークの名作『カスパーハウザーの謎』に盲目のピアニストの役で出演しているのを見たときは、だれも知らない秘密をしったようなひそかな快感に酔った。だれも羨ましがらないだろうけど。
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とはいえ、ヘルツォークの多くの映画の主演をつとめたクラウス・キンスキーは1991年に亡くなり、フローリアン・フリッケも2001年に亡くなり、ポポル・ヴフの活動は終わった。ヘルツォークもキンスキー亡き後は、なんとなくぱっとしない。『フールズ・メイト』編集長だった北村昌士さんも数年前に亡くなった。『フールズ・メイト』はいまも健在だそうだが、流行りのJ-Popを扱う、以前とは似ても似つかないものになってしまったというし、『マーキー』もすっかり変わってしまった。
ポポル・ヴフの音楽にあれほどひかれていたのは、そこにあふれる官能的な宗教性や荘厳な静寂のためだったのだろう。しかし、フローリアン・フリッケが亡くなり、彼らのあとを継ぐようなグループもなくなったいま、その音楽を聞いて感じるのは、ひたすらな孤独だ。山崎尚洋さんが書いたように、それは「アカデミズムやヒエラルヒーに一切とらわれることのない教会音楽」であり、「あらゆる現実とのしがらみから手を切った」音楽かもしれないし、その意味ではたしかに自由だ。しかし、その自由はどうしようもなく孤独な自由だ。
80年代の初め頃、ヘルツォークがヴィム・ヴェンダースらといっしょに来日したときに行われたシンポジウムのあと、ぼくはヘルツォークに直接、訊ねたことがある。「どうしてあなたはポポル・ヴフの音楽を使うのですか」と。ヘルツォークは「私は彼らの音楽だけを使っているわけではありません。ワーグナーやモーツァルトも使います。けれども、私の映画にはフローリアン・フリッケの音楽は欠かせないのです。彼の音楽以上のものが私には考えられないのです」と答えた。それは答えになっていないような答えだったけれど、いまになってみると、ヘルツォークがいっていたことは、なんとなくわかる気もする。
ヘルツォークがポポル・ヴフの音楽を使った映画は、いずれもだれにも理解されないような孤独な人物をあつかったものばかりだ。アマゾンにオペラハウスをつくる夢にとりつかれたフィッツカラルドも、密林に妄想の王国を夢見たアギーレも、18世紀の奇人カスパーハウザーも、クラウス・キンスキー扮する孤独な吸血鬼ノスフェラトゥも、『ガラスの心』の予言者も、自由だけれど、だれの共感も得られることのない水のような哀しみを背負った主人公たちだった。それはとりもなおさず、ポポル・ヴフの音楽そのものだった。自由であるがゆえに、群れることも、形をとることもない、その孤独なもの哀しさが、いかに彼らの音楽にはあふれていることか。
これはヘルツォークの「アギーレ」の冒頭シーン。音楽はポポル・ヴフ。
プログレバンドの多くが、パンクやニューウェイブなどの流行のなかで音楽性を変えていったが、ポポル・ヴフは変わらなかった。フローリアン・フリッケは音楽の世界にシンセサイザーが導入される以前にシンセを使い、その可能性が注目されはじめた1970年代の初め頃には、それに見切りをつけて巨大なモーグのシンセをクラウス・シュルツに売り払い、完全なアコースティックに回帰していた。時代性の中で、彼らの音楽を位置づけようとするのはほとんど意味がない。それだけに音楽メディアにとりあげられることもほとんどないまま、フローリアン・フリッケの死とともにポポル・ヴフは忘却されかけている。そういうことだったのだろうかーーとヘルツォークのいった言葉をぼくはいまさらながらに思い出している。
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あの頃、先鋭的なロック音楽雑誌の筆頭は渋谷陽一編集の『ロッキング・オン』だったが、ロッキング・オンが光を当てないマイナー・プログレを扱う雑誌として知られていたのが北村昌士編集の『フールズ・メイト』だった。その『フールズ・メイト』よりも、さらに耽美的で、独自の世界を追求していたのが山崎尚洋編集の『マーキー・ムーン』(のちの『マーキー』)だった。『フールズ・メイト』と『マーキー・ムーン』は両方とも買っていたが、好きだったのは『マーキー・ムーン』だった。

左が「マーキー・ムーン」(1983)、右が「フールズ・メイト」(1980)
『マーキー・ムーン』は不思議な雑誌だった。初めはマイナーなヨーロピアン・プログレを扱っていたのだが、編集長の趣向もあって、メシアンのような現代音楽、ヨーロピアン・トラッドの世界、さらに晩年のシューマンなど、じつに幅広い範囲の音楽を取り上げるようになった。記事にはオカルティズムをめぐる難解な評論があったり、現代音楽家の松平頼暁さんの連載があったり、ルネサンスの音楽家ギョーム・デュファイについての論考やら、ガムラン音楽講義などがあったり、おまけとしてソノシートまでついていたりして、とにかくカバー範囲が広かった。「香りの音楽」と題して、イーノのアンビエントとはまたちがう美意識に貫かれたコンセプトを提示していたりもした。
ぼくはこの雑誌で、ユーロピアン・プログレのみならず中世のポリフォニー音楽や、スーフィーの音楽や、さらに西洋文化の背景に流れる隠秘学の伝統など、じつに多くを学んだ。教会音楽からロック、現代音楽をつらぬく有機的なつながりのようなものを意識するようになったのも、この雑誌のおかげだった。そして、この雑誌のレビューで紹介されているレコード(それは大きなレコード店ではまず置いていなかった)を求めて、明大前のモダーン・ミュージックとか、恵比寿のパテ・レコードなどに足繁く通った。ときに、中古なのに1枚8000円もする「幻の名盤」というのを、さんざん迷ったあげく買っては、自己満足にひたったり、逆に、ありゃこんなもんか、やられたーとほぞをかんだりする、というのをくりかえした。
それでも「マーキー・ムーン」編集長の山崎尚洋さんのレビューは、ぼくにとってもっとも信頼のおけるものだった。それは繊細な美意識と熱い思いにあふれた、知的でありながら昂揚感をさそう文章だった。たとえば、彼がとくに推していたドイツの「ポポル・ヴフ」(Popol Vuh)というグループの「Hosianna Mantra」という作品についてのレビューは、こんなかんじだ。
「……アカデミズムやヒエラルヒーに一切とらわれることのない教会音楽があるとすれば、それがポポル・ヴフの音楽であるといえる。あらゆる現実とのしがらみから手を切り、精神の深みからわき出る情感を音に表現するメソードは、真に自由であり、歴史、現実、カテゴリーといったものから解き放たれた神秘の世界でもある……」(MARQUEE MOON 013より)

Popol Vuh「Hosianna Mantra」
かっこいい! これですっかりやられて、ぼくもポポル・ヴフのレコードを探し求めた。それはレビューにたがわず、まさに当時の自分が求めていた音楽だった。マヤの聖典の名を冠したこのグループはロックというには程遠い、いまでいうアンビエントやミニマルにちかい音楽をつくっていた人たちなのだが、そのころはそうしたカテゴリーもそれほど普及していなかったため、まとめてひとからげにドイツのプログレということになっていた。しかし、ピアノとソプラノとギターというシンプルな編成からつくられるその音楽は、緊張を内に秘めた耽美的な静寂と土俗的な呪術性をはらんだ、それまで耳にしたことのないサウンドだった。
『マーキー・ムーン』を通じて、ポポル・ヴフの音楽をドイツの映画監督のヴェルナー・ヘルツォークがたびたび使っていることを知った。『ノスフェラトゥ』も『アギーレ』もそうだった。なんだかすごい秘密を発見した思いで、ぼくはヘルツォークの映画の上映会を探しては足を運んだ。
ちょうどその頃、ヘルツォークの『フィッツカラルド』という作品が封切られた。これはアマゾンの密林の中にオペラハウスをつくろうとした男の狂気を描いたものだが、その音楽を手がけていたのもポポル・ヴフだった。大地から湧き起こるような神秘的な音楽は、ヘルツォークの描く深い密林の映像におどろくほど合っていた。これがそのテーマ音楽だ。もっとも、動画の映像は雰囲気は似ているが映画のとはちがう。
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ヘルツォークがポポル・ヴフの音楽を使った映画は、いずれもだれにも理解されないような孤独な人物をあつかったものばかりだ。アマゾンにオペラハウスをつくる夢にとりつかれたフィッツカラルドも、密林に妄想の王国を夢見たアギーレも、18世紀の奇人カスパーハウザーも、クラウス・キンスキー扮する孤独な吸血鬼ノスフェラトゥも、『ガラスの心』の予言者も、自由だけれど、だれの共感も得られることのない水のような哀しみを背負った主人公たちだった。それはとりもなおさず、ポポル・ヴフの音楽そのものだった。自由であるがゆえに、群れることも、形をとることもない、その孤独なもの哀しさが、いかに彼らの音楽にはあふれていることか。
これはヘルツォークの「アギーレ」の冒頭シーン。音楽はポポル・ヴフ。
プログレバンドの多くが、パンクやニューウェイブなどの流行のなかで音楽性を変えていったが、ポポル・ヴフは変わらなかった。フローリアン・フリッケは音楽の世界にシンセサイザーが導入される以前にシンセを使い、その可能性が注目されはじめた1970年代の初め頃には、それに見切りをつけて巨大なモーグのシンセをクラウス・シュルツに売り払い、完全なアコースティックに回帰していた。時代性の中で、彼らの音楽を位置づけようとするのはほとんど意味がない。それだけに音楽メディアにとりあげられることもほとんどないまま、フローリアン・フリッケの死とともにポポル・ヴフは忘却されかけている。そういうことだったのだろうかーーとヘルツォークのいった言葉をぼくはいまさらながらに思い出している。
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2008.12.13 (Sat)
Chick Corea & Hiromi 「Duet」
Perfume、capsuleと今年出た作品がつづいているが、今回も2008年発売のもの。上原ひろみとチック・コリアの「デュエット」である。

デュエットといっても、このジャケットの二人が「銀座の恋の物語」みたいに歌っているわけではない。この二人はジャズ・ピアニストであり、ピアノで即興のデュエットを演奏しているのである、と書きながら思うのだが、これを読んでいる人の中にはジャズなんてまったく聞かないという人もいるかもしれないし、逆にいまさら上原ひろみだなんてという人もいるかもしれないので、どういうスタンスで書けばいいのか少し悩むところもあるのだが、とりあえず初めて名前を聞いた人でも、なんとなくついてこられるくらいの距離感を保とうとは思っています。というのも、ジャズについて使われるエクリチュールというのは、最近はそうでもないのだが、かつては本当に排他的だったからだ。
たとえば、こんなの。
「フリー・ジャズの問題は、フリー・ジャズがジャズという音楽的階級性とジャンル的限定性の中でとことんまで地獄を味わうことにこそ有効性があり、そこにジャズをアウフヘーベンする可能性があるはずだからなのだ(以下略)」
あるいはこんなのとか。
「ソロは二重の意味で本来的に危機的な形態である。それは状況論的なレヴェルと存在論的なレヴェルにおいて言えるだろう。状況論的にいうならばソロの出現は失われつつあるか、不明確になった演奏を支える共同性と文化へのまさぐりとして考えられる(以下略)」
これはいまは亡きジャズ評論家、間章氏の文章の一節で1970年代に書かれたもの。間章氏は一部の人たちの間ではカリスマ的な評論家とされていて、その文章は難解なうえマルクスからスーザン・ソンタグからミシェル・フーコーまでばりばり引用されている。でも、これがわからないとジャズがわからないのかと思って、ぼくもアルバート・アイラーとか、セシル・テイラーとか、いま聞くとかなりしんどいフリー・ジャズを聞きながら、彼の文章を読んだものだけど、じつをいうとちんぷんかんぷんだった。ただ、ちんぷんかんぷんだといえないので、人には、「やっぱり間章を読まなきゃジャズはわからないよ」とかうそぶいていた。でも、いまだからいうけど、さっぱりわかりませんでした。
もちろん当時のジャズ評論がみなこんな難解さにあふれていたわけではないが、どうしてもかつて、ジャズを聞くという行為には追いつめられた暗い影のようなイメージがつきまとっていた。実際、ジャズ・ミュージシャンといえばロック・ミュージシャン以上に生活が荒れていて、ドラッグ中毒で命を失うはめになった有名演奏家はいくらでもいる。逆に、健全な市民生活を送っていたり、酒もタバコもドラッグもやらないミュージシャンの演奏なんてだめだ、という見方もあったように思う。もっとも、これも当時の時代環境からすると、あながちまちがいではなかったとも思う。既成のシステムや考え方への反撥というのは、ロック同様ジャズを進化させる大きなファクターだったし、そこで多くのミュージシャンがしのぎを削っていたのはたしかだ。
それにくらべると、いまのジャズは健全になった。それも当然で、新しい音楽をつくるためのブレイクスルーの方向性が、80年代以降、相当変わってしまったからだ。もはや、酒やタバコやドラッグをやらなくても、生活を破綻させなくても、音楽に向き合うことが可能になった。でも、それ以前のジャズ好きは、どこかでやはり最近の健全なジャズに違和感を抱いている。だから、上原ひろみがしょっちゅうテレビに出て、あの夏の太陽のような笑顔で、まるでマラソンの高橋尚子のように前向きな発言をくりかえしていると、どこか納得できないものを感じるのだろう。その魔術的までの流麗なテクニックは認めても、「これはジャズではない」といわずにはいられないのだろう。その気持ちはわからなくもない。実際、最初に彼女のReturn Of Kung-Fu World Championを聞いたときはプログレだと思った。XYZという曲なんてキース・エマーソンが書きそうな雰囲気である。
上原ひろみは明るい。上原ひろみというだけで大きな口を開けて笑う彼女の、真夏の太陽のような顔が浮かんでくる。でも、それはぼくが彼女の演奏を映像をとおして知ったからだろう。もし、映像を介さずに、その演奏だけを聞きつづけていたならば、たぶんかなりちがった印象を受けていたかもしれない。たしかに上原ひろみの弾くピアノはパワーにあふれているし、元気だし、ぐいぐいとひっぱっていくようなドライブ感にあふれているし、テクニックはスーパーとしかいいようがない。ただ、そこには映像をとおして見たときには忘れてしまいがちな暗さというか、不条理性というか、ひねくれた狂気がたしかに伝わってくる。しかも、その暗い狂気は相当に深い。それは昔のミュージシャンのような社会や哲学にからんだものではなく、もっと音楽的にピュアな狂気とでもいうのだろうか。けれども、映像を通してみると、彼女のめっぽう元気のいいパフォーマンスや、インタビューに答えるときの気恥ずかしくなってしまうほど前向きな受け答えのせいか、そうした影があまり感じられなくなってしまう。
それはさておき、Duetである。これはチック・コリアと上原ひろみが二台のピアノでほとんど打ち合わせなしにデュエットした作品で、CDに加えて2曲分のライブ映像を修めたDVDがついている。DVDにはチックの代表作の一つである「スペイン」が収められているが、同じものがCDにも入っている。で、CDで聞くのとDVDを見ながら聞くのとでは、かなり印象がちがってしまう。むろん映像付きの方が圧倒的に楽しい。これは当然なのかもしれないが、逆にいうと彼女の視覚的な演奏シーンが圧倒的すぎて、耳から入った音楽からの想像力による刺激がそれに及ばないというのは聞いていて、少し残念でもある。それはぼくがライブとかコンサートというのに、あまり興味がなく、もっぱら音をとおして想像力を刺激されるほうが好きなせいもあるのだけれど、上原ひろみの場合、やっぱり演奏しているところが見たくなるのだ。でも、そうすると音楽を聞いているというより演奏を音といっしょに「見ている」ようなかんじで、なんとなく悩ましい。そんな悩ましさをおぼえつつも、上原ひろみが好きなので、やっぱり映像を集めては見まくってしまうのである。
「スペイン」のデュエット演奏はいくつかバージョンがある。下のはDVDのではなく、テレビ出演したときのバージョン。そのかけ合いはほとんどエロチックといっていいほどになまめかしい。チック・コリアがスペースをつくったところに上原ひろみが自在に音をちりばめていったり、視線をからめあいつつ、互いに出方をうかがいつつ、新しいフレーズやリズムを刻みだしていったりするところなど、おい、そんなことしていいのか、セクハラではないかと思わせるほどにいやらしく、すてきだ。これは耳で聞いているだけではわからない。
ちなみに、あるインタビューで、彼女が影響を受けた音楽として挙げていたのが
グレン・グールドのゴールドベルク変奏曲(晩年のやつ)
エロール・ガーナー「CONCERT BY THE SEA」
スクエアプッシャー「Hard Normal Daddy」
フランク・ザッパ「Waka/Jawaka」
ジェフ・ベック「Wired」
スティーブ・ライヒ「Six Marimbas」
Oval 「Ovalprocess」
Four Tet「Rounds」
などだ。
いわゆるジャズの名盤が、彼女が初めて聞いたジャズであるエロール・ガーナーしかないというのが面白い。もちろんあえて挙げなかっただけだろうけれど、それ以外のセレクションもバラエティに富んでいる。ジェフ・ベックやザッパ、スクエアプッシャーはなんとなくわかるが、ミニマル系のオーバルやスティーブ・ライヒが好きとは意外だった。まあ、聞いている音楽がなにかなんて自分のやっている音楽とはダイレクトに結びつくものではないのだが、ちょっと面白い。Four Tetというのは知らなかったが、オーバルに近いミニマム・テクノのようだ。
動画サイトから好きな演奏をいくつか。最初はXYZ。緊張感にあふれていて手弾きのスクエアプッシャーという感もなくもない。髪の毛、爆発してます。左手のピアノのフレーズ、EL&Pのタルカスっぽい。
これは彼女が好きだというブルース・リーやジャッキー・チェンへのオマージュとして書かれたというReturn Of Kung-Fu World Champion。後半ののびやかなシンセソロがいい。
これは春にNHKに出演したときに弾いた「さくら」をテーマにした即興ソロ。こういうリリカルな演奏もとてもいい。
それでも少しだけ気になるのだ。もし間章氏が生きていて、彼女の演奏を聴いたとしたら果たしてなんていっただろうかと。

デュエットといっても、このジャケットの二人が「銀座の恋の物語」みたいに歌っているわけではない。この二人はジャズ・ピアニストであり、ピアノで即興のデュエットを演奏しているのである、と書きながら思うのだが、これを読んでいる人の中にはジャズなんてまったく聞かないという人もいるかもしれないし、逆にいまさら上原ひろみだなんてという人もいるかもしれないので、どういうスタンスで書けばいいのか少し悩むところもあるのだが、とりあえず初めて名前を聞いた人でも、なんとなくついてこられるくらいの距離感を保とうとは思っています。というのも、ジャズについて使われるエクリチュールというのは、最近はそうでもないのだが、かつては本当に排他的だったからだ。
たとえば、こんなの。
「フリー・ジャズの問題は、フリー・ジャズがジャズという音楽的階級性とジャンル的限定性の中でとことんまで地獄を味わうことにこそ有効性があり、そこにジャズをアウフヘーベンする可能性があるはずだからなのだ(以下略)」
あるいはこんなのとか。
「ソロは二重の意味で本来的に危機的な形態である。それは状況論的なレヴェルと存在論的なレヴェルにおいて言えるだろう。状況論的にいうならばソロの出現は失われつつあるか、不明確になった演奏を支える共同性と文化へのまさぐりとして考えられる(以下略)」
これはいまは亡きジャズ評論家、間章氏の文章の一節で1970年代に書かれたもの。間章氏は一部の人たちの間ではカリスマ的な評論家とされていて、その文章は難解なうえマルクスからスーザン・ソンタグからミシェル・フーコーまでばりばり引用されている。でも、これがわからないとジャズがわからないのかと思って、ぼくもアルバート・アイラーとか、セシル・テイラーとか、いま聞くとかなりしんどいフリー・ジャズを聞きながら、彼の文章を読んだものだけど、じつをいうとちんぷんかんぷんだった。ただ、ちんぷんかんぷんだといえないので、人には、「やっぱり間章を読まなきゃジャズはわからないよ」とかうそぶいていた。でも、いまだからいうけど、さっぱりわかりませんでした。
もちろん当時のジャズ評論がみなこんな難解さにあふれていたわけではないが、どうしてもかつて、ジャズを聞くという行為には追いつめられた暗い影のようなイメージがつきまとっていた。実際、ジャズ・ミュージシャンといえばロック・ミュージシャン以上に生活が荒れていて、ドラッグ中毒で命を失うはめになった有名演奏家はいくらでもいる。逆に、健全な市民生活を送っていたり、酒もタバコもドラッグもやらないミュージシャンの演奏なんてだめだ、という見方もあったように思う。もっとも、これも当時の時代環境からすると、あながちまちがいではなかったとも思う。既成のシステムや考え方への反撥というのは、ロック同様ジャズを進化させる大きなファクターだったし、そこで多くのミュージシャンがしのぎを削っていたのはたしかだ。
それにくらべると、いまのジャズは健全になった。それも当然で、新しい音楽をつくるためのブレイクスルーの方向性が、80年代以降、相当変わってしまったからだ。もはや、酒やタバコやドラッグをやらなくても、生活を破綻させなくても、音楽に向き合うことが可能になった。でも、それ以前のジャズ好きは、どこかでやはり最近の健全なジャズに違和感を抱いている。だから、上原ひろみがしょっちゅうテレビに出て、あの夏の太陽のような笑顔で、まるでマラソンの高橋尚子のように前向きな発言をくりかえしていると、どこか納得できないものを感じるのだろう。その魔術的までの流麗なテクニックは認めても、「これはジャズではない」といわずにはいられないのだろう。その気持ちはわからなくもない。実際、最初に彼女のReturn Of Kung-Fu World Championを聞いたときはプログレだと思った。XYZという曲なんてキース・エマーソンが書きそうな雰囲気である。
上原ひろみは明るい。上原ひろみというだけで大きな口を開けて笑う彼女の、真夏の太陽のような顔が浮かんでくる。でも、それはぼくが彼女の演奏を映像をとおして知ったからだろう。もし、映像を介さずに、その演奏だけを聞きつづけていたならば、たぶんかなりちがった印象を受けていたかもしれない。たしかに上原ひろみの弾くピアノはパワーにあふれているし、元気だし、ぐいぐいとひっぱっていくようなドライブ感にあふれているし、テクニックはスーパーとしかいいようがない。ただ、そこには映像をとおして見たときには忘れてしまいがちな暗さというか、不条理性というか、ひねくれた狂気がたしかに伝わってくる。しかも、その暗い狂気は相当に深い。それは昔のミュージシャンのような社会や哲学にからんだものではなく、もっと音楽的にピュアな狂気とでもいうのだろうか。けれども、映像を通してみると、彼女のめっぽう元気のいいパフォーマンスや、インタビューに答えるときの気恥ずかしくなってしまうほど前向きな受け答えのせいか、そうした影があまり感じられなくなってしまう。
それはさておき、Duetである。これはチック・コリアと上原ひろみが二台のピアノでほとんど打ち合わせなしにデュエットした作品で、CDに加えて2曲分のライブ映像を修めたDVDがついている。DVDにはチックの代表作の一つである「スペイン」が収められているが、同じものがCDにも入っている。で、CDで聞くのとDVDを見ながら聞くのとでは、かなり印象がちがってしまう。むろん映像付きの方が圧倒的に楽しい。これは当然なのかもしれないが、逆にいうと彼女の視覚的な演奏シーンが圧倒的すぎて、耳から入った音楽からの想像力による刺激がそれに及ばないというのは聞いていて、少し残念でもある。それはぼくがライブとかコンサートというのに、あまり興味がなく、もっぱら音をとおして想像力を刺激されるほうが好きなせいもあるのだけれど、上原ひろみの場合、やっぱり演奏しているところが見たくなるのだ。でも、そうすると音楽を聞いているというより演奏を音といっしょに「見ている」ようなかんじで、なんとなく悩ましい。そんな悩ましさをおぼえつつも、上原ひろみが好きなので、やっぱり映像を集めては見まくってしまうのである。
「スペイン」のデュエット演奏はいくつかバージョンがある。下のはDVDのではなく、テレビ出演したときのバージョン。そのかけ合いはほとんどエロチックといっていいほどになまめかしい。チック・コリアがスペースをつくったところに上原ひろみが自在に音をちりばめていったり、視線をからめあいつつ、互いに出方をうかがいつつ、新しいフレーズやリズムを刻みだしていったりするところなど、おい、そんなことしていいのか、セクハラではないかと思わせるほどにいやらしく、すてきだ。これは耳で聞いているだけではわからない。
ちなみに、あるインタビューで、彼女が影響を受けた音楽として挙げていたのが
グレン・グールドのゴールドベルク変奏曲(晩年のやつ)
エロール・ガーナー「CONCERT BY THE SEA」
スクエアプッシャー「Hard Normal Daddy」
フランク・ザッパ「Waka/Jawaka」
ジェフ・ベック「Wired」
スティーブ・ライヒ「Six Marimbas」
Oval 「Ovalprocess」
Four Tet「Rounds」
などだ。
いわゆるジャズの名盤が、彼女が初めて聞いたジャズであるエロール・ガーナーしかないというのが面白い。もちろんあえて挙げなかっただけだろうけれど、それ以外のセレクションもバラエティに富んでいる。ジェフ・ベックやザッパ、スクエアプッシャーはなんとなくわかるが、ミニマル系のオーバルやスティーブ・ライヒが好きとは意外だった。まあ、聞いている音楽がなにかなんて自分のやっている音楽とはダイレクトに結びつくものではないのだが、ちょっと面白い。Four Tetというのは知らなかったが、オーバルに近いミニマム・テクノのようだ。
動画サイトから好きな演奏をいくつか。最初はXYZ。緊張感にあふれていて手弾きのスクエアプッシャーという感もなくもない。髪の毛、爆発してます。左手のピアノのフレーズ、EL&Pのタルカスっぽい。
これは彼女が好きだというブルース・リーやジャッキー・チェンへのオマージュとして書かれたというReturn Of Kung-Fu World Champion。後半ののびやかなシンセソロがいい。
これは春にNHKに出演したときに弾いた「さくら」をテーマにした即興ソロ。こういうリリカルな演奏もとてもいい。
それでも少しだけ気になるのだ。もし間章氏が生きていて、彼女の演奏を聴いたとしたら果たしてなんていっただろうかと。







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